僻地のしあわせ

色あざやかなキノコは毒がある伝説の考察

夏休みだ!というわけで、こどもと雑木林にカブトムシトラップをしかけに行きました。たいそうなものではなく、ストッキングの中にバナナを入れたものです。バナナだけだとさびしいので二日目はパイナップルとスイカも入れてみました。

初日は一晩おいて、朝4時半ごろ見にいくと、アリが2匹かかっていました。ちょっと痛みかけの黒くなった所にたかっていて、アリも甘いところがわかるのかな~、アリと人間の甘みって評価が一緒なのかな?と思いました。

パイナップルとスイカをトラップに たしに行くと、足元に茶色のタマゴタケ的なキノコがっ!茶色のタマゴタケ系は、有毒のものが多いのでスルー。さあ帰ろうと振り返ると、ホンモノのタマゴタケが2本!!!きゃ~~!!!

Imga0003もちろんゲットです。タマゴタケはテングタケ科、学名はAmanita hemibapha。俗に色のあざやかなキノコは毒といわれますが、これは食用かつ美味です。白い「つぼ」、オレンジ色の「つば」、上に粒粒がなくてなめらかなオレンジがかった赤色の「かさ」と、わかりやすい特徴で、同定しやすいです。私が判別できる食用キノコ3種のひとつです(すくなっ)。

色のあざやかなキノコは毒があるって、こんなふうに広まったのかな~というストーリーを書いてみます。キノコ採りは、ある種パチンコのような面白みがあって、「あそこにアレでてないか、見てみようか」、「おっここにもあった」と、採取人は身も心もいそがしいです。そこへ、縁もゆかりもないキノコ初心者が「これ食べられますかね~」などとヌルい質問をしてきたら、早く追っ払いたくなるのも人情。で、テキトーに、「色の赤いのは毒だよ」などと採取人が口走ってしまうと、「おー、なるほどねー」と広がってしまう。実際、赤いキノコのベニテングタケは精神錯乱を起こす毒キノコなので、うそじゃありません。でも、茶色でいかにもおいしそうな毒キノコのほうがはるかにたくさんあるのでした。

書いていて思いましたが、これって「毒キノコが笑ってる―シロウトによるシロウトのための実録キノコ狩り入門」天谷これ著にのっていた話かもしれません。この本にはマツタケ採り専門の人の行動についての記述があります。当地のマツタケ専門の人の話しを聞いても、なんだかもう虚々実々、ものすごい情報戦が行われていて、「色あざやかなキノコは毒がある」なんてカワイイくらいだと思います。

今回のタマゴタケは、お味噌汁でいただきました。おいしかったです。自分でバイクを運転していた時、遊園地のジェットコースターを「ヌルい」と思いました。キノコも同じです。自分で採ったキノコを食べる。ものすごく怖くてものすごく楽しいです。

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サクランボ狩り

Image064 自分が子供のころ、サクランボ狩りはあこがれ、夢でした。

というわけで、子どもを「だし」に行ってまいりました。車で30分以内。

乱暴にもぎ取ると来年再来年の実に影響があります。やさしく軸を枝の根元側にひっぱってとるんですよという説明を受けました。

子どもは、本能むきだしで、とるとる。

赤い実はおいしいんですよ。Image068 ずっと木につけておくと最終的に赤くなるのではなくて、成長過程で長く日に当たった実が赤くなります。

ビニールのかかった木と、そのすきまに身を縮めるようにして生えている木があります。なぜでしょうか。

こたえ。サクランボは自家受粉(一本の木で受粉がおこなわれる)ではないので、ちがう品種を花粉用に植えてます。このかわいそうな感じの木は、花粉用。勉強になります。

30分食べ放題で大人1000円・子ども500円。地域医療を守り・育てる住民活動シンポジウムでお分けしたようなおいしいサクランボでおなかいっぱいになって帰りました。

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カモシカのフン(6月28日遭遇)

Image054 うまれてはじめて見ました。自然観察指導員の人が前日以内のカモシカのフンというのですから、そうだと思います。クマのフンも見たことがあります。どちらも、おままごとのような森づくり・下草刈り作業で遭遇しました。クマの落とし物については、人間のものに似ているので、次に遭遇してもたぶんアップしないと思います。

煙草の箱とか、大きさの目安になるものと撮影した方がいいですね。昔、吉永小百合が「ふんふんふーん 黒豆よー ふんふんふんふん くーろまーめーよー」と唄っていましたが、まさにそんな感じです。

ところで、自称医療支援活動で失敗したことを、某SNSのサポーターコミュに書き始めました。ビールのおつまみにいかがでしょうか。

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ポトラッチ

『東北からの思考』副題 地域の再生、日本の再生、そして新たなる協働へ 入澤美時・森繁哉著 新泉社 を読みました。

自分が「くませんせいのSOS」「いつかお母さんになるあなたへ」を寄付してまわるといった一連の行動は、せんえつですが、都市・都会に住んでいた者からの「無償の贈与」(ポトラッチ)にあたるのかもしれない、なるほど~と思いました。それから「エコファシスト」ということばにはじめて出会って、これもまた「腑に落ちた」感じでした。

農村生活改善のえらい人が、集まりに、ジャスコで買ったお弁当を持ってきてくれたことがあって。「ぎょえええ、なんで農家なのに手作りでなくて買い弁?」とまず思いましたが、農業従事者だろうが誰だろうが時代の子です。便利でおいしいものがあって、その費用を負担できるなら使います。コンビニは、僻地の住民にとっても便利なものなのです。農村の住民だから、着るもの食べもの全部手作り、コンビニ使っちゃいけないなどと強いるのは、エコファシストになってしまいます。私のなかにもエコファシストな部分はあったのでした。

入澤さんは山と渓谷社『渓流フィッシング』を創刊された方で、ほかにも多岐にわたる分野の書籍・雑誌を手掛けています。森さんは東北芸術工科大学教授で、身体芸術論、東北文化論専攻。この本を読んだ印象では、一個人として東北の寒村にすみついた舞踊家、です。

お二人が、山形県の新庄駅から出発して、最上地方を歩きながらの対談をまとめた本です。ひとことひとことがうなづけたり、身にしみたりする本でした。経済の専門家の感想を聞いてみたいです。

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私は食糧不足のリスク対策のために当地に移住しました

(すみませんっ。僻地医療にお医者さんをお誘いしたい一心で書きました。)

子どものころ、くりかえし親から、戦後の食糧不足でいかに困ったか、当時宝物であった着物とお米をひきかえにしてもらったときのつらさを聞いて育ちました。大人になったら、行きがかりで、発展途上国の寒村に2年ちょっと住むことになり、日本でフツーに手に入る水、お米や豆腐のありがたみを味わいました。

いくらお金があっても、食べ物がなかったら買えないです。この先、世界の情勢がどうなるかはわかりません。というわけで、私、日本でも食料自給率が100%を超える地域に移住しました。限られた直売所に通うようにして、個人的なつながりをつくる努力をしています。食糧不足になった時に優先的に売っていただけるといいなぁ~。もう、完全に生き残り戦略です。

また、あまり優秀な生徒ではありませんが、山菜やキノコ、木の実など、山に入って調達できる食べ物を覚えるようにしています。これで、背骨を折った私のできる食糧不足のリスク対策はいっぱいいっぱい。そのあたりのリスクは、都会にお住まいのみなさまは、どうやってヘッジなさるのでしょうか。

夫と、転勤族の妻の職業について話したことがあります。「手に職があれば、どこでも仕事はできる。たとえばタクシーの運転手なら、どこでもできるだろ。」う~ん、あのころは夫のいうことって、神の声でした(笑)。アタシはもってないよ、ど~すりゃいいの、なんて答えましたか。

そういう点で、やはりお医者さんは うらやましいです。お給料、食糧不足への保険料込なんてお考えいただけませんか。

都会の方が、子育てに有利な点は多いと思いますが、地方の有利な点をあげてみます。まず、保育者も教育者も、都会に比べて、相対的な地位が高いので、いろんな意味でよいと感じます。ご近所の底力ではありませんが、新興住宅地で育った私から見ると、地域の子育て力は、地方の方が確実に高いです。子供に接する年齢層がばらけるというのはとても良いです。勉強は、小学校までは親が見てやればいいし、それ以降は通信添削で充分です。

自分が塾に行かなかったせいでしょうか、少なくとも小学校時代は、里山や田んぼの畦で ぼぉ~っとする時間を与えてやりたいです。フナ釣りを教えてくれたおじさん、トカゲを追いかけたこと、里山で見つけたスミレ、みな今でも宝物です。

当地だけでなく、おそらくどこの地方でも、自然学校、自然教室のようなものが催されていると思います。指導に当たるのは、そういうと申し訳ないですが、「えっこんな僻地にこんなレベル?」と思うほどレベルの高い方です(すみません、ほかの地域はわかりません)。高等教育につなげるところさえ誤らなければ、自然科学の導入としては、これ以上の環境は考えられないとさえ思います。

発展途上国で日本を教えろと言われ、浴衣を着て盆踊りを踊りました。でも、私の盆踊り体験は、新興住宅地のナンチャッテおどりでした。笛、鐘、三味線、太鼓のある盆踊りが、日本のどこかにあるんだろうと思っていましたが、地方に来れば、伝統のあるお祭りがたくさんあります。あるだけではなくて、人口減少から、よそ者でも参加させてもらえます。本人はどう思っているかわかりませんが、息子の海外赴任中につむがれる「日本」の厚みを考えると、ちょっとうれしくなります。って、海外赴任するような人に育つかはわかりませんが。

12月19日追記:というようなことを、聞いていただけたらとずっと思っていたので書いてしまいましたが、実際の僻地医療は「詰んで」いますね。ブログ「ssd's Diary」さま12月18日付「1upキノコ」http://ssd.dyndns.info/Diary/?p=2764#comment-12403後半部分、大変わかりやすく書かれています。以下引用です。

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このモチーフは何度かネタにしたので、くどくなるのですが、僻地病院から医者がいなくなるのはこういう事情ですよ。
昔は、田舎の病院では患者さんが訴訟を起こすということはまず考えられなかった。
まず弁護士がいないし、数少ない医者を訴えていなくなられたら、大事になるので地域社会からの有形無形の圧力がかかったり。
それが良いことか悪いことかは別の次元の問題です。
ただ、そういう緩い前提があったから、全科当直で外科医が心筋梗塞の患者を取ったり、内科医が熊にかじられた外傷患者の治療をしたりしていたわけで。
訴訟リスクが都市部の病院と変わらなくなれば、民兵が跳梁跋扈するアフリカの土人の国から国境無き医師団が撤退勧告を出すが如く、僻地の病院から、撤退し、自分の専門分野だけで戦える都市部の病院に避難するのは当然の自衛策なのです。

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病院の経営が危ない状態にもかかわらず、訴訟を起こす方がいらっしゃいますしね。訴えるななんて誰も言えませんから、崩壊を甘受していくしかないんでしょうね。

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血縁地縁おそるべし

前の記事で一人の人とのつながりは一つのセーフティネットで、多ければ多重のセーフティネットなんじゃないかというお話を書きました。根っからの地元育ちの人と話をしていると、思わず うなってしまうことがあります。ある程度年齢のいった方々とお思いください。

個人情報の保護ってどこの話?と思うほど、出るわ出るわ、それこそIUDがコンドームよりも妊娠しにくいなんて話も、身近な人から経験談聞いて知っているっ!!乳がん検診で擬陽性が出やすいことも、友達から経験談聞いて知ってるんですよっ!!すごい経験の蓄積。情報弱者って自分のことかも~と反省しました。

ただ、信用度の高い情報源として看護師さんのお話(私はその話についてはどうかなと思ったのですが)を信じていたりして、もしかして玉石混交の可能性もあるなぁとは思いましたが、でも「おそるべし」と思いました。

私自身は、地方から都会に出た父母を持つ根なし草2世なので、親戚のありがたみってあまり意識していませんでした。むしろ邪魔?くらいの意識で(バチあたりです)。なんとなくライバル意識もあるので、かっこ悪そうな話なんて親戚の集まりでは しないで来ました。

だから、困ったときの「他人への頼り方」も、すごく下手なんです。当地の地元育ちの人を見ていると、きっと、笑ったり笑われたりしながら、頼ったり頼られたりして助け合ってきたんだろうなぁ、そういうの、うらやましいな、と思うのでした。

11月20日付「NATROMの日記」患者の家族が病室で宴会してたhttp://d.hatena.ne.jp/NATROM/20081120#p1も、たぶん、そんな下地の上で成立してるお話なんじゃないかと思います。

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体がふるえた話

私は、ある盆踊りを習っています。全国的に有名…かどうかわかりませんが、知る人ぞ知るといったレベルなのか、お好きな方は全国から見にいらっしゃるようです。

全国から来るくらいなので、初めて見たとき、あまりの美しさに子供ともども ぼぉぉ~っとなりました。ミニコミ紙に、盆踊り伝承の会の練習には、その土地以外の人間が参加してもよいとあり、半信半疑、私のようなものが参加してもいいのかしら、なんて頭のなかグルグル状態で行ってみました。

練習会は淡々と はじまりました。私は初心者コースで、まず足の運びから習います。そこで整列して、「ああそれは本当に人の動きなのですか」と ため息をついてしまうほど美しい踊りの先生の前に立ちながら、「あこがれの盆踊りを習う」ということと、「常位胎盤早期剥離でもDICをおこさず生き延び、背骨の破裂骨折を経験しながらもこうやって踊りを習える僥倖」に、文字通り体がふるえました。

私の踊りは、医療の勝利です。どれほどの数の方が、わたしの医療にご尽力いただいたのでしょう。その中のどなたかが、私のあつかいを誤っていたら、私はここにはいないのです。唄の始まる前の寄せ太鼓を聞きながら、毎回必ず、初めての練習の喜びを思い出します。上手下手は別にして、ここまでの生と死を思いながら嬉々として踊ります。本来なら「哀愁を帯びた」と評される踊りなのですが。

ぱっとしない年増の私を、撮影してくださるお客さんもいらっしゃいます。なにかをお伝えできたのかな、と、うれしく思います。写真にそれが残るか心配です。

唄い手の筆頭は、本当に声良しのジサマです。つややかな声にうっとりします。年を追うごとに出番は減り、若手が唄うようになりました。さびしいことですが、伝えていくというのはそういうことなのかもしれない。握りしめた指をひらいていく。

生と死と、生と死と。死があるから生が輝く。そんなことを思いながら、来年の踊りの日を楽しみにしています。

(冬支度から逃避してしまいました。これからがんばります。てへ。)

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