病院関係

『中規模以上の病院にほしい情報室』

COML医療フォーラム2003報告集「私がほしい「患者情報室」-患者の自立を支える情報の宝庫-p.7~8より引用です。こういう記者の方がいらしたから、朝日新聞は医療報道では「やればできる子」と評価されているのかなと思いました。私は自分が患者や患者家族の時、適切な周辺情報に飢えていました。なにが適切かは『情報室』の書棚をあさりながらだんだん理解できます。

ある先生は、待合室を総合情報センターにを受けて、お勤めの病院の待合室に患者さんのナラティブを
>プライバシーを守った極めて個別の事例報告
として置いてみようとおっしゃってくださいました。祈るような気持ちです。
----------------------------------------

21世紀に向けた医療への提言

がん患者 井上平三 新聞記者 54歳

 8年間、通院や入院を繰り返す中で痛切に感じることがあります。それは病院の医者と看護婦、薬剤師など医療者からの情報提供の不足です。診察時に患者に伝えられる治療内容のことではありません。どこの病院にもある受付窓口や案内所と同様に係員が常にいて、外来患者や入院患者の求めに応じて医者の説明不足や、患者が独自に得たいと思う薬・手術・医療など幅広い情報をそこに備え付けられた資料やパソコン、写真、書籍、学会記録、全医者の専門分野とこれまでの実績、医療市民団体リストなどです。誰にでも見ることができるようなコーナーの設置を希望します。私はこれを「情報室」と呼びます。外来の待ち時間でも、入院中も、外部からの使用者も受け入れたいのです。運営は外部の市民団体でも、病院自身でもいいと思います。なぜこんなことを考えたか申しますと、たとえば手術を前に、医者からの説明を受けました。でも自分とよく似た患者のデータがほしくなったのです。どんな手術で、術後の後遺症はどうかなどです。じっくり自分で勉強したかったのです。でも現状では、医療者からの一方的な話だけしかありませんでした。プライバシーを守った極めて個別の事例報告集などがあれば、それを読みたかったのです。自分の参考にして、心構えをして臨みたかったのです。情報室は忙しい医療者の情報提供を補う部門と考えます。患者の院内学習の場です。係員に社会学などを学んだ人がいれば嬉しいですね。患者が無理な場合は、代わって家族が利用して勉強できます。もちろん、お金と人が要ります。それより医療者の意識改革がより求められます。是非、できる病院からつくってほしいものです。
                                                                             以上

----------------------------------------

2003年のものなので古さを感じる部分もあると思います。「医者」なんて表現はちょっと引きます。525円と送料を負担できる方は、ささえあい医療人権センターCOMLの書籍のページhttp://www.coml.gr.jp/books/index.htmlからご注文いただいて、ぜひ全部に目を通していただけたらと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

総合病院に「寺カフェ」!

「世界のオモシロお仕事集」盛田則夫著 中公新書ラクレ を読んでいたら、変わり種カフェの中に「寺カフェ」「寺バー」が。

お寺の一角で営業なさっているようですが、これ、病院内にあるといいと思うんですよ。兵庫県立柏原病院を守る会も、おいしいお茶とケーキを囲んだから、ああいう活動のタネがでてきたわけで、おいしいお茶とケーキは医療問題の解決に重要かつ必須と思います。

机をはさんで固いイスに座ってより、カフェの方が、喪失悲嘆の相談とか、角を立てずにお医者さんにお伝えしたいことをいう練習とか、ほぐれた気分でできると思うんです。

宗派日替わりで、若いお坊さんの修行のひとつに、いかがでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『私がほしい「患者情報室」』は私も欲しいです

なぜ、ささえあい医療人権センターCOML出版物の図書館への寄付が医療崩壊阻止につながるのか。COMLは10年以上延々と、医療者と患者のかけちがい・溝をうめるべく活動されています。そんな活動から生まれた出版物は、フツーの生活から一転、患者として生きることを強いられた人に、医療とうまく折り合いをつけるための知恵の集積を提供してくれます。医療スタッフとの信頼関係ができあがるスピードを上げるためのアンチョコといったらいいでしょうか。

寄付する前に目を通そうと、毎年行われるフォーラムの報告集を丁寧に読みました。いや、すごいです。「待合室を総合情報センターに」なんて目じゃありません。もしも、「待合室を総合情報センターに」に肯定的な方は、ぜひ『私がほしい「患者情報室」-患者の自立を支える情報の宝庫-』をお読みいただきたいです。http://www.coml.gr.jp/books/index.html より、ご参考まで。2003年にすでにこんなお話が出ていたんですね。こんな患者情報室、こころから欲しいと思います。

ブログに勝手に引用していいのか分からないので、許可をお願いしてみます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

待合室を総合情報センターに(「診療研究」443号版)

脊椎と骨盤骨折の入院をしたとき、楽しい経験をしました。臨床研修病院だったため研修中の先生の利用する図書室が併設されていて、そこで自分のケガに関連する本をいっぱい見たんです。専門過ぎて分からないなりにも、「お医者さんって本当にすごい!」と思いました。知らない世界を覗いて、ワクワクしたのを覚えています。

そんな経験から、医療機関の待合室へ、医療を扱った書籍を寄付する運動を始めました。待合室が、医療に関する「総合情報ステーション」だったらいいな、と思うのです。鉄は熱いうちに打てと申します。ふだん普通に生活しているうちは健康や医療に関心がない人でも、いざ自分が患者になったら関心を持たざるを得ません。医療に対するアンテナが、グングン伸びている状態---そう考えると、そんな患者さんたちが過ごしている待合室での時間って、けっこう貴重なものだと思いませんか?

たとえば---。

書架の一部に、「診察の前後にこんな本を読んでいてくれたらいいな」という先生ご推薦の参考書を置いていただくのはいかがでしょう。

私なら、「ロハス・メディカル」「医療の限界」「まちの病院がなくなる」「死ぬのはこわい」「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」「最高の医療をうけるための患者学」「受診する通院する入院する!120の患者術」「日々是よろずER診療」---などをイメージします。

あるいはお子さん向けには、体や栄養についての学習マンガ。

待合室にパソコンを設置して、医療について参考になるブログ・ホームページや、患者会の情報を入れ、患者さんに自由に見てもらう。

そんな待合室がどこにでもあれば、患者さんは簡単に医療に関する知識を深めることができます。ちょっと環境を整えてあげるだけで、患者さんはたくさんの大切な知識を持って帰ることができるのです。

 

 さて、そんな私の活動の実績。個人で細々ツテを頼る事情のため、まだ2冊止まりです。

 「そんな待合室ちょっといいかもしれないな」とお思いの先生、そして患者さん。どうかこの活動に加わっていただけないでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

入院患者のセクシュアリティ

たぶん、どこかできっと議論されていて、医学書院とかから何か本出ているんじゃないかな~と思います。でも書いちゃう。

「べてるの家の『非』援助論」医学書院p.181にワークショップでリバーマン医師に「もし、入院したら規制されることはありますか?」と問われ、松本さんが「SEXできないこと」と答えて、みんな大爆笑。リバーマン医師は「そうですねぇ それはこまることですよね」と答えていた話が載っていました。

不肖私、背骨骨折入院中に大部屋の回診で「いつからセックスできますか?ほんとに70kgとかの人の体重が骨折した背骨にのっかっても大丈夫なんですか???」なんて質問したりして。パートナーとの外出との関連で(≧∇≦)。逆セクハラでございました。先生方すみません!

大部屋入院患者って、セックスも自慰もできないというか、まあ何とか上手くやってるのかもしれないけど、あんまり褒められたことじゃない、みたいな雰囲気。医療スタッフも困るでしょうし、その空気を読め、というのもわかるけれど、でも、私たち動物なんです。性欲がないわけじゃないんですけど。ただでさえ娯楽は制限されてるし。(同日追記:医療スタッフを悪者に書いてしまいました。すみません。一番の問題は、同室の患者さんです。夏目漱石のころのように、日本家屋でも浮気ができるような気の利かせ方を年齢も倫理感も病状もちがう同室の患者さんに強いるのは無理なところもあります。)

たとえばお産や手術のあと、言葉はいらない、パートナーに抱きしめてほしい状態のときもありました。だけど、がまんするわけ。公の場だから。もうちょっとで死ぬパートナー、たくさんのチューブも付いちゃって、ベッドは一人用だし、添い寝なんてできない、想像もつかない。なんか、観察者になっちゃいました、自分(ひどい)。思いつけば、「添い寝させてください!!」なんて申し出たかな、遠慮したかな。いつ医療スタッフが入ってくるかわからない場所って、やっぱり「私」でなくて「公」。

看病というのはとてもつらい。一番近くにいて、だけど病気を代わってあげることはできない。そんなとき、言葉より抱きしめた方が癒されたかもしれない。いえいえ、自分、精神状態ボロボロでしたから、癒される方だったかも。親子なら抱っこもいいけれど、普通イイ大人は抱擁なんて人前でしませんからねえ~。

そんな反省のある私は、春野ことり先生の半狂乱になる家族のお話が、なんだかまぶしい。そこまで家族への感情垂れ流し全開モードに、ちょっとなりたい気がします。

同日追記:

解決法書いていませんでした。日本の病院は野戦病院ですから、個室やそれ専用のスペースなんて無理です。非常に勇気のいることですが、周囲に入院患者のセクシュアリティについて理解を求める、かなあ。「カーテン引いてキスしてても、ヒンシュクの目で見ないでください」とか、ぶっちゃけちゃいます?

10月2日追記:

終末期患者で個室利用中なら、スタッフと相談して「Don't disturb.」札とか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

待ち時間わが子に振舞い方を教える

背骨の骨折のときにCTかMRIの技師のかたに八つ当たりしたことを思い出しました。背骨の破裂骨折、じっとしていればそんなに痛くないですが、少しでも動かすと痛いのなんの。レントゲンでフィルムの入った板を体の下に差し込むだけでも悶絶ものなのに、ベッドから機器の台の上まで体を移動する必要のあるCT・MRIは、レントゲンの数倍という感じで、拷問ではないけれど、できれば遠慮したい検査でした。

それまで結構ガマンしてたんです。悶絶ものでも「い、いたいです」くらい。その日に限って、なんか馬鹿らしくなっちゃって、「痛いイタイイタイ!技師さん骨折したことないでしょう!!」なんて暴言を吐きました。社会性に問題がありますな。だけど、ほんとに痛いんですよ。

技師さん、「ありますよ」って、静かにお答えくださいました。動揺したのでちゃんと謝罪したかどうか記憶にありませんが、その後も会話が続いたので、しどろもどろになりながら謝ったのでしょうか。すごくバツの悪い思いをしました。謝っても、傷ついた心はすぐ治るわけではありません。

痛いのもイヤでしたが、台を移るということは骨が動くわけで、脊椎の中の神経がどうにかなったらどうしようという恐怖も大きかったです。今思えば、優先順位は神経>痛みなわけで、八つ当たりされた技師のかたは、たしかお一人で50kg超えの私を移動して下さって、私今歩けるわけですから、ちゃんとお仕事をなさっていたわけで。

子どものころは、親がほめてくれるから、がんばってガマンしたよな、なんて思い出しました。いい大人なら、ガマンして当然。でもねえ、24時間何日もガマンしてると(嘆息)。それでもガマンしなくちゃいけないですね。

うまくガス抜きする方法を考えればいいんですよね。入院中は環境が限られるし、見舞いに来た人に「痛いイタイイタイ!!」ともいえないし、なかなか難しいものです。

私、子どものしつけはお世辞にも上手ではないです。診察室に入るときは「お願いします」か「お世話になります」、退室のときは「ありがとうございました」と、言うのだよと待ち時間に教えればいいのに、その場になって教えてなかったことに気づいて言わせるバカ親です。その分、時間が余計にかかります。

というわけで、医療スタッフに感情をぶつけてダメダメで恥ずかしかった話とか、挨拶をするとか、次の受診では、待ち時間に教えておこうと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いつもニコニコ現金払い

DQN患者の私は「ポイントたまるし」などとクレジットカードで病院にお支払いしておりましたが、ダメダメです。支払いをしないよりはマシなのですが、クレジットの手数料を病院が負担するので、病院の収入が減ってしまいます。というわけで気がついてからは、おなじ負担額なら「医療崩壊阻止に一役買うぞ!」と気合を入れて、現金でお支払いすることにしております。ささやかすぎですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学習マンガを小児科待合に寄付する

私、「ドラゴン桜」の親野智可等氏は、教師の変装をした敏腕セールスマンだと思っております。小学生を持つ親として、彼の方法論には惹かれるものもあるので、学習マンガ買ってしまいました。目的は医療崩壊阻止なので、こちらでも乗っかってみて、未来の日本を背負う世代へのプレゼントとして、「からだのひみつ」学研とか、「ドラえもんからだシリーズ1~8」小学館を小児科待合に寄付するというのはいかがでしょうか。「医療の限界」よりも受け入れ側の抵抗が少なそうですhappy01

当然ながら、読者諸氏のご子息にも、図書館におそらくあると思いますので、お与えいただければと思います。

この記事を考えた大本の理由は、大人の患者の医療に関する最低限の知識の底上げです。「予後」という言葉が理解できない方が多いというのは、衝撃でした。それだけスレた患者になってしまったわけですね(遠い目)。で、「知るは一時の恥、知らぬは一生の恥」で小児科以外の外来にも置いたらどうかと一時考えましたが、手に取る大人は少ないでしょう。

製薬会社さんが、大人向けの装丁で学習マンガを出していただけたら…。しかし、目下避妊用品で手一杯ですので、ぼちぼち参ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

待合室を総合情報センターに

私は、お医者さんは強力なメディアをすでにお持ちであると考えます。誰がやってもよいので、病院の待合室に医療崩壊関連の本を寄付しよう、というご提案です。

自分で「やっています」というのは嫌らしいなと思うのですが、私は一人で
「医療崩壊を扱った書籍を、待合室に寄付する」
運動をしています。健康ですので病院に行く機会がなく予算の関係上成果はまだ10冊以下ですが(汗)。

待合室が、「総合情報ステーション」だったらいいなと思うのです。「医療崩壊」「まちの病院がなくなる」「死ぬのはこわい?」(A・デーケン先生のご著書でもとにかく死生学関連)はまずどの科にも置いていただき、科ごとに「ノーフォールト」「がんになっても、あわてない」「天国へのビザ」など適宜おいていただくとか。もう捨ててしまうようなパソコンに、例えばなな先生のブログだけ見られるように入れて待合室に置くとか。

私がそうでしたが、患者というものは、自分の病気だけを理解していても「幸せ」を感じられないです。ノーフォールトにみつくちが出生前診断でわかった妊婦さんが、同室の双胎間輸血症候群の妊婦さんの話を漏れ聞いて、障害の受容に心が向いたシーンがありましたが、そういうものです。ですので、あまり科にとらわれずに置いた方がよいかもしれません。

待合にある本は、ある種のメッセージを含んでいます。それは、病院側がその存在を待合に許した、待合=患者のために選ばれた本である、というメッセージです。ですので、仮にお産をファッションのように扱いその危険性から目をそむけさせるだけのお産情報誌を待合に置く産婦人科は、暗に患者に対して「そういうものです」といっていると思うのです。お産ファッション誌を置くのは、ほんとうにやめていただきたいです。

骨折の入院中、研修医受け入れ病院でしたので図書室があり、そこに入らせていただいて自分のケガ関連の本を拝見し、また周辺情報(開放骨折)を見て「もちは餅屋、お医者さんってすご過ぎ」と思いました。どうせ病気になったのなら、とことん病気から得られる知識を得て、人生を豊かにしていくというのも一つの選択では。

その医院の院長先生が、こういうことを患者さんに伝えたいな、ということの書かれている本を、外来待合に置いていただければ、説明の時間節約にもつながりますし、反復して読めるので患者さんも知識が定着してよいと思います。変な思い込みを作ってしまう弊害もありそうです。そもそも、活字を読みたいと思わない層には無効です。

内山節著「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」を読み、キツネにだまされていたころの死者と共存するありように感じ入りました。今そういう世界観を再構築するのは不可能だと思います。せめて待合に死を扱った書物を置いていただき、当事者になったときに「そういえば」と思い出すきっかけを作っていただけたら、と思います。

開業医院は所得保障がないため、患者さんにとって耳障りなものを置けないというご事情も存じております。しかし、仮に大量離職が起きたとき、うまくやらないと、医師バッシングがひどくなると考えます。崩壊関連の書籍をおいておけば、うまくいって医師側へのリスペクトが得られ、悪くても「努力していました」のスタンスが取れます。悪い話でもないと思うのですが。

長文お許しください。1冊寄付しただけで、ここまでいうかと自分でも思います。

以下、個人的にお勧めの本のリストです。

「くませんせいのSOS」NPO法人地域医療を育てる会

「医療の限界」小松秀樹著 新潮新書

「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」松永和紀著 光文社新書

「最高の医療をうけるための患者学」上野直人著 講談社

「がん闘病とコメディカル」福原麻希著 講談社

「受診する通院する入院する!120の患者術」監修ささえあい医療人権センターCOML 医学通信社BOOKS

「まんが医学の歴史」茨木保著 医学書院(マンガ)

お子さん向けに

「かぜをひいたケイティ」シャーロット・コーワン著 サイエンティスト社

| | コメント (4) | トラックバック (0)