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2008年11月

横山禎徳先生の講演会にいってきました

久々の東京に うかれながら九段下まで参りました。内容は…、う~ん、パソコン通信時代にキビシクしつけられたので、おおむねMRICや健康医療開発機構のページのとおりですので そちらをご覧くださいと書いたら、みなさん怒ります?怒りますよね~。でも、まとめるのは下手なので、その手で逃げてしまうことにします。

講演中、私のとなりの席には、もう皆様ご存じっ!!知らなきゃモグリの批難甘受!!!の大先生がお座りで、しかも「お医者さまでいらっしゃいますか?」なんてボケに笑って礼儀正しく応対していただき大感激。恐縮至極の体ながら、手書きの名刺をお渡しし一緒に写真に写っていただいた上に、別の人との写真のシャッターを押していただくという暴挙を。

ところで肝心の横山先生とのツーショットはというと、とれなかったです(涙)。

以下の、高校同窓会活用サブサブシステムが、ものすごく使えそうな気がするんですよ。どうやって表示すればいいのかわからないので、字だけ貼っておきます。図の方が見やすいので、健康医療開発機構http://www.tr-networks.org/PDF/yokoyama.pdfの29ページをご覧ください。

高校同窓会活用サブサブシステム

市内の高校すべての協力を確保する

適当に医師、看護士にグループを移動させる

30分、2回転で1時間を費やし次会につなぐ

医師、看護士を組み合わせたグループを作る

話題の盛り上げ役をそれとなく依頼する

世話役に同窓会の医療プログラムを任せる

会話の中から世話役に向いた主婦を抽出する

同窓会の会合で必ず医師、看護士を紹介する

医師、看護士を囲んだ会話の輪を演出する

出来るだけ多くの医師、看護士に出会わせる

事前に名簿を調べ同窓会参加を強く要請する

医師等の組み合わせを作り式次第を知らせる

会場での立場所等も事前に決めておく

盛り上げ役決めておくが自発性に依存する

これが完璧にできるとは思いませんが、トライ&エラーでやってみていけばいいんじゃないですかねえ。なんて、まだ勤務医の先生と一度も話してない状態で書くかなあ。

27日も一応 私としては山場の行事があります。早く寝ないと。

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体がふるえた話

私は、ある盆踊りを習っています。全国的に有名…かどうかわかりませんが、知る人ぞ知るといったレベルなのか、お好きな方は全国から見にいらっしゃるようです。

全国から来るくらいなので、初めて見たとき、あまりの美しさに子供ともども ぼぉぉ~っとなりました。ミニコミ紙に、盆踊り伝承の会の練習には、その土地以外の人間が参加してもよいとあり、半信半疑、私のようなものが参加してもいいのかしら、なんて頭のなかグルグル状態で行ってみました。

練習会は淡々と はじまりました。私は初心者コースで、まず足の運びから習います。そこで整列して、「ああそれは本当に人の動きなのですか」と ため息をついてしまうほど美しい踊りの先生の前に立ちながら、「あこがれの盆踊りを習う」ということと、「常位胎盤早期剥離でもDICをおこさず生き延び、背骨の破裂骨折を経験しながらもこうやって踊りを習える僥倖」に、文字通り体がふるえました。

私の踊りは、医療の勝利です。どれほどの数の方が、わたしの医療にご尽力いただいたのでしょう。その中のどなたかが、私のあつかいを誤っていたら、私はここにはいないのです。唄の始まる前の寄せ太鼓を聞きながら、毎回必ず、初めての練習の喜びを思い出します。上手下手は別にして、ここまでの生と死を思いながら嬉々として踊ります。本来なら「哀愁を帯びた」と評される踊りなのですが。

ぱっとしない年増の私を、撮影してくださるお客さんもいらっしゃいます。なにかをお伝えできたのかな、と、うれしく思います。写真にそれが残るか心配です。

唄い手の筆頭は、本当に声良しのジサマです。つややかな声にうっとりします。年を追うごとに出番は減り、若手が唄うようになりました。さびしいことですが、伝えていくというのはそういうことなのかもしれない。握りしめた指をひらいていく。

生と死と、生と死と。死があるから生が輝く。そんなことを思いながら、来年の踊りの日を楽しみにしています。

(冬支度から逃避してしまいました。これからがんばります。てへ。)

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もう遅い(汗)&ちょっとお休みします

カテゴリー、正確にはお電話作戦なんですが。二階大臣の「医師のモラル」発言撤回を知らないで、地元の政治家のかたと医療系の労組に「抗議してください」ってお電話しました。まったくもって、羞恥プレイもいいところ。

冬ごもり支度とヤボ用のため、11月30日(予定)までブログ更新をお休みさせていただきます。いつも見に来て下さる皆様、すみません!

自薦記事をご紹介させていただきます。

「待合室を総合情報センターに」http://soshihouhou.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_2757.html

「死別の悲しみの渦中の知人に「愛する者を亡くした人への手紙」を贈る」http://soshihouhou.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_706b.html

「正確な出産前教育を求む」http://soshihouhou.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_06b6.html

「実際にモンスター患者?のとなりにいると」http://soshihouhou.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_c478.html

「フツーの人を信じたい」http://soshihouhou.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d58f.html

「統計を読む力をつけませんか」http://soshihouhou.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-56e5.html

「PTA研究大会で発言しました」http://soshihouhou.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/pta-2208.html

本人、大真面目で書いてます。アマチュアの味ということでお許しください。

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手柄はその人のもの

川口さんに試していただいてもバナーうまく表示されないので、しばらく放置します。テキトーな仕事ですみません!HTML言語知らないので、おっくうです。

ここのところ沢山の方にお会いして、ロハスメディカルの記事と柏原小児科を守る会のチャートを渡したり、「まちの病院がなくなる」を強引に貸したり、ささえあい人権医療センターCOMLの本を借りていただいたりしていました。もちろん、医療崩壊を熱く語ったうえでございます。

すると、うれしい反応ってあるものですね。コミュニティFMで、「医師の心を折らないで」と、新聞から拾った記事のお話でしたか、とってもさりげない形でとりあげて下さっていました。お渡しした資料ではなくて、パーソナリティがご自分のアンテナにかかったものを取り上げてくださっていたのです。なんだか、じーんとしました。うれしかったです。

これから、もしかしたら、当地のいろんな職業の方が、少しずつ医療崩壊阻止に動いてくださるかもしれません。それは、その方々がそれぞれにご自分のお考えで行動なさった、ということです。そこから生まれる成果は、その方ご自身のもの。

そんなことを考え、ああきっと私はこれから沢山の人に「ありがとうございます!」て言うんだな、それってすごく幸せなことだ、なんて、朝から脳天気に思うのでした。

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ワンクリック募金

官に頼らずとも「公」は創れる!! あなたのクリックが創る 民の志プロジェクト、始動。

ロハスメディカルで、妊産婦死亡されたご家族への募金としてワンクリック募金が始められました。自分のブログにバナーを貼ったり、クリックしたりして応援をお願いします。呼びかけられたページのメッセージは、当ブログ「医療崩壊と疑似科学の跋扈に類似を感じる」に書いたように、ほんとうに私もそう思うことです。ご一読をお願いします。ロハスメディカル・ブログ11月4日「ピンチをチャンスに」です。http://lohasmedical.jp/blog/2008/11/post_1467.php#more

昔ネット市民の会のバナーを左部分にはったので、がんばれば貼れると思います。時間が取れるときに貼ります。って、自分がちょっとなさけないです。常時ショボイ。

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医師の「傲慢さ」について

大前提として、私は医師のかたを非常に尊敬しています。毎日いろんな患者さんを診察し、さらにpubmed、医学雑誌、学会そのほかいろいろで勉強なさって、その上悲惨な労働条件や訴訟リスクに耐えるなんて、とても自分にはできません。心底、それこそ満腔の尊敬と感謝を捧げます。

また、お断りとして、これから書くことは、友達の話したこと、人からメールで教えていただいたことの集積であって、私のオリジナルの意見ではありません。両者許諾済みです。また、裏を取る努力も一切しておりませんのでご了承をお願いします。

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なんかこう、お医者さんって一般人に対して傲慢だな~というか、「もしかして一般人とお医者さんは同じ「人間」じゃないみたいに、お医者さん思っていらっしゃるのでは?」みたいな扱いを受けたことは、正直いってあります。具体的には書きません。

それは、もしかしたら医療のもつ宿命であり、医療を施す人として必然の心的防御が原因ではないか。

医療は本来「侵襲」的な性格を持つというか、手術・投薬・ギプスで固定・検査でもなんでも、「故意に人の体を傷つける」面を持っていますよね。(ああ、言論の自由があるといっても脳のぼやけている私のようなものがこんなことを書いていいのでしょうか。トンデモ等不具合はびしびしご指摘をお願いします。)

また、患者は知らなくても、「この病院じゃなくて○○病院だったら(あるいは自分でなくて▽▽先生、でも何でも)、××が使えるから、患者さんにとっていいのにな。だけど○○病院にはこの患者さんが通うのは非現実的で無理だし、ここでできる治療のベストはこれなんだよ。」みたいな「知識からくる良心の痛み」みたいなものも おありではないでしょうか。

だけど、いちいちそんなものを気にしていたら、業務は流れていきません。手術中なごやかに「今晩なに食べる?」みたいな会話が交わされるような手術チームの方が、「ああ、切ってしまった。患者さん痛いかな手術創でQOL低下しないかな。」なんてはらはらと落涙しながらの手術チーム(そんなの存在するのでしょうか)よりも、成績はいいに違いありません。

気にしなくなるように、医学部教育の中で育てられていくのだと思うのです。医局制度もその一つだったのだろうと思うし、ものすごいヒエラルキーとかも、葛藤の解消の装置としての役割があると思います。他人の人生を左右するような決断を日々していくのですから、たくさんの装置が必要でしょう。患者を同じ人間と認めないというのは、その装置の一つなのではないでしょうか。気にしていなくても、その痛みはたぶんいつでも存在しているのだと思います。

いただいたメールを引用します。

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昔、朝鮮戦争の時のアメリカ軍の野戦病院では、必ず二交代で医師達は勤務していましたし、どの野戦病院にも従軍牧師あるいは神父がついていたそうです。

トリアージは当然のこと、アメリカ本土でなら残せる足も、野戦病院なら見殺しにして切断するしかない状況の中で、患者に対してはもちろんのこと、それら厳しい現実を受け入れなければならない医師達の心に対しても、従軍牧師や神父達は神経を配っていたのです。

これは、アメリカが野戦病院を有効に働かせるために採った措置だったので
しょうけれど、少なくとも患者は従軍牧師や神父が自分側の人間と思えば、
ある程度安心して治療が受けられたでしょうし、医師は辛い想いをある程度
吐露することが出来て、心をある程度は落ち着かせて患者に立ち向かえた
ことでしょう。

私は、朝鮮戦争の時の野戦病院における従軍牧師や神父のような、辛い想いをため込んでいる医師や看護師、患者の側にいて、話をただ聴いてくれる存在が、今必要なのではないかなぁ と思っているんです。

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日本の病院には、従軍牧師や神父なんていませんからね。旧来の日本的システムで、患者には見下されて嫌な思いしてきた人もいるわけで、ではそこをどう変えていくかといったら、何らかの形で従軍牧師や神父の役を、だれかが担うことでしょう。柏原病院小児科を守る会が「感動的だ」と医療者に評されるのも、その点にあるのではないかと思うのです。

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「専門知と公共性」サイコー!

どうしてこう、私が欲しい内容を書いた本が、私の手元に来るのでしょう。神様ありがとう!!!藤垣先生ありがとう!!!医療崩壊や疑似科学の跳梁跋扈に心を痛めるみなさま、必読かもしれません。「専門知と公共性―科学技術社会論の構築へ向けて―」藤垣裕子著 東京大学出版会3570円。

上先生に教えていただいたので、地元でシンポジウムをやろうと思っていました。単にいろんな人が主張するだけだと なんだかな~、相互理解になるかな?とちょっと疑心暗鬼。なるほどなるほど。先生方にはこの本にある「ジャーナル共同体」「妥当性境界」「変数結節」の概念を共有していただき、シナリオワークショップ・サイエンスショップ的にやればよいかも。ああ楽しみです。

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ローカルルールに関するおわび

ブログ開設からお読みいただいている方は、「おいおい、忍冬ブログのコメントのしばりは、ブログ主への過分のご配慮は遠慮していただいて、具体案およびその改善案にかぎる、じゃなかったんかい!」とお思いなのではないでしょうか。

すみません。10月中に、こっそりローカルルールを削除しました。みなさまのご好意にすがりたくなりましたので。

これからも、すぐに変節してしまうと思います。ご容赦をお願いします。

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心がおれそうです

先月末くらいから、当地の問題について様々な方のお話を伺ってきました。今日お会いした方から頂いた資料を見て、「当地は医師の方々から聖地認定されているに違いない。」と思いました。うすうすそんな気はしていたのですが。

衝撃をうけた当日に書くのはどうかと思いますが、私にはカルタゴの炎が見えました。ひとりでどうこうできるような問題じゃないですね。私は当地の文化を愛しておりますのでやるだけはやりますが、逃散も視野に入れておくことにします。ああ、書いたら少し元気が出ました。

11月5日追記:頂戴したコメントに元気をいただきました。「聖地認定」は自分が勝手に思ったことです。実際はどうだかわかりません。前の記事で「不幸自慢しない」なんて書いておいて何やってんだかε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…。さあ、今日はロハスメディカルの記事と柏原病院小児科を守る会のチャートを持って、地元メディアにお出かけです。えいえいおーっ!

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周囲と比較して「不幸自慢」をしない心構えをする

いやあ、痛みで気絶、できませんね。脊椎破裂骨折のとき、痛かったですが、気絶しませんでした。受傷してすぐに「こ、これなら若いころの生理痛の方が痛かった。」と思いましたが、その顔面蒼白で冷や汗をかくような痛みでも気絶しませんでした。

NANさんの手術の思い出を拝見して「ま、まけた…。」と思いました。悲惨さもそうですが、1日でよくこんなにきれいな文章がかけるものだ(つばゴクリ)なんて。きゃ~~~~!!!NANさんステキo(*^▽^*)o!そのトラックバックにこんなことを書いて、嫌われたらどうしよう~~~といいつつ、大事なことなので書きます。

ええと、表題です。これは私のオリジナルではなくて、10年くらい前に某所で読み、感心して心の中にメモしていたものです。当時私は障害児の親コミュニティにいました。障害児の親って、(いや、核家族の乳児の親全般に言えると思いますが)ひっじょおおおおに世界が狭い。で、頭の中は わが子の障害のことでいっぱい。すると、他のお子さんと自分の子供を比較したり、たとえば「うちは重症心身障害だから生活全部介助で これっていつまで続くんだよって感じだけど、自閉症は自分で歩いて食べてくれるからいいな~」とか考えちゃったりする。

しかし、障害が軽けりゃ楽ってものでもないし、重いからイバっていいってもんでもないわけです。病気でもおんなじですよね。がんとかでも。NANさんも、私も、世界に一つだけの体験をして、たぶん今 日本という国に生きている(死んでませんよね?)。お互い、いろいろ苦労してきましたね、お疲れ様、という感じでお付き合いしていかないと、少なくとも入院中の大部屋とか障害児の親の会やら作業所とかの「公」の場で、精神的な負担を自分や周りにかけてしまう。そういう段階にずっぽりはまって、そのむなしさに気が付かないと、さらに先に進めないってところもあると思いますが、一応このブログ、試験のアンチョコ(ひょっとして死語?)みたいになればいいな~と思っているので書いてみました。

もちろん、そういうものすごい「負の感情」「負の考え」を否定することはないわけで、そういうのは、大部屋だったら見舞客に、同室の人がいない場所で思いっきり聞いてもらえばよいと思います。見舞客は、「大丈夫、元気よ。」という言葉を聞きに行っては いけないと思う。患者さんの心のごみ捨て場になってあげてください。患者相談室の人とか、話しやすそうな看護婦さん相手に聞いてもらうのもいいかもしれないですね。

追記:最後にお断りしておきますが、NANさんのエントリが「不幸自慢だ!」と思ったのではなくて、自分で自分の経験とNANさんの経験をつい比較してしまい、ちょびっとだけ劣等感っぽいものを感じてしまったので書いてしまいました。個々の経験談は貴重です。わかりやすくするために表題に「周囲と比較して」を加えました。

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11月25日横山禎徳先生の講義を聴きにまいります

第9回健康医療ネットワークセミナーhttp://www.tr-networks.org/usr/NPO-usr-504-037.htmlです。

横山先生、以前拙ブログで引用させていただきましたが、MRICの「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン 1~3」http://mric.tanaka.md/2008/07/08/post_1.htmlhttp://mric.tanaka.md/2008/07/09/_vol_91.htmlhttp://mric.tanaka.md/2008/07/14/_vol_93_1.htmlが、めちゃめちゃ面白かったです。

私のおおざっぱな脳みそは、まるで医療に焦点を当てた社会全体に対する「認知行動療法」みたいだな~と感じました。

話は変わりますが、ワタクシが敏腕セールスマンと感じる親野智可等氏の新著「いいこと」が起きる子どもの習慣(PHP研究所)。紹介文を読むと、家庭教育に対してシステムデザインアプローチ的、認知行動療法的に、原因を追究するのではなくてシステムとして改善を図る、みたいなハウツーに特化した本なのかな~と思いました。

やっぱりこれからは、「これこれの理由でうまくいかない!責任者出て来い、改善しろ!」じゃなくて「原因は保留しといて、こうやればうまくいく!」の時代?(おおお、それってトンデモっぽい?)(おおお、ではでは、日本熊森協会が有機無農薬のコメ栽培にハマってしまったのも、「べてるの家」が辻信一さんに入り込まれてしまったのも、説明がつきそうですね。)

今までミーハーとして、上先生、井上先生、澤田石先生や川口さんとなぜ並んだ写真を撮らなかったのか悔やまれてなりません。今回は、横山先生との写真をゲットすると固く心に誓っております。と、ブログに書いておけば、カメラを忘れないのではないでしょうか。いつなんどきでもショボい私です_| ̄|○。

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